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研究

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時計遺伝子

時計遺伝子

一日24時間を刻む「時計遺伝子」

病理と臨床 2007年8月号 (25巻8号)掲載

弘前大学院医学研究科病理生命科学講座
鬼島 宏

生物体内には1日24時間を刻む「生物時計」(bilogical clock, 体内時計)が存在し、その機序解明は近代生物学・生理学の探索対象となってきた。1950年代、Pittendrigh, Aschoffの行動学的解析により、生物時計の概念が体系づけられた。1970年代には、Konopka, Benzerがショウジョウバエのリズム変異体による遺伝学的解析を行い、時計遺伝子(clock genes)発見の先鞭となった。また生理学的研究により、哺乳類では視交叉上核(suprachiasmatic nucleus, 視床下部)が生物時計の中枢であることが確認された。このような遺伝学的・生理学的研究を背景に、1980年代に入ると時計遺伝子が発見され、これを機にヒトを含む全生物に共通の生物時計発振機構が解明されるに至った (1)。現在、哺乳類ではPer, Cry, Clock, Bmalの4つが時計遺伝子として機能解析が進んでいる。

 

生物時計によって刻まれる概日リズム(circadian rhythm)の特徴は、(a) 時計振動体遺伝子ネガティブ・フィードバックによる転写抑制、(b) 自律的な細胞レベルでの時計振動、(c) 多くの振動体からなる階層的時計機構、の3点であるとされる。つまり生物時計の発振原理は、フィードバック・ループを介した時計遺伝子の転写制御であり、ポジティブ因子(CLOCK, BMAL)とネガティブ因子(PER, CRY)との相互作用における転写制御システムが重要である【下図1】。この遺伝子発現のフィードバック・ループは、細胞レベルで自律的に行われるとともに、視交叉上核を時計中枢とした生体の統合機能により個体レベルでの生物時計の機能が発現される。最近、このような時計遺伝子の転写制御システムが詳細に解明されつつあると同時に、各種疾患における時計遺伝子発現の重要性が示されはじめている。2003年、明暗条件下で飼育されたマウスの移植腫瘍で、従来から知られている時計遺伝子Per, Cry, Clock, Bmalに加えて、血管新生にかかわるvascular endothelial growth factor (VEGF) 遺伝子が概日リズム発現することが証明された (2)。このことは、血管新生など個体にとって極めて重要な現象が、概日リズムの制御下で行われていることのみならず、腫瘍細胞でもそのリズム発現が維持されていることを意味している。ちなみに、時計遺伝子の機能や疾患との関連は、サイエンスZERO(NHK教育2006年6月)などのテレビでも取り上げられており、最もホットな科学的話題の1つである。

 

第5の時計遺伝子としてDECが報告されたが、現在その分子機能は十分に明らかにされていない (3,4)。そこで我々の研究室では、DEC遺伝子の機能と疾患における重要性を解析している【下図2】。その成果として、DEC蛋白は二量体で、ネガティブ因子(PER, CRYと同様)としてBMALと結合し、コアのフィードバック・ループを形成することや、低酸素(虚血状態に相当)や癌化に伴う細胞増殖の際に発現が亢進することなどが解明された。また低酸素下で誘導されるVEGF遺伝子発現は、DEC蛋白とHIF-1蛋白との直接結合により抑制されることから、VEGFを介した血管新生がDECの形成する概日リズム制御下で行われていることが示唆された。

 

以上のように、視交叉上核で発現される時計遺伝子は、生物の概日リズム(生物時計)を刻むとともに、細胞増殖・血管の新生と修復・免疫炎症反応などを制御している。今後、我々は現在最もホットな分野の一つである時計遺伝子の機能解析という新たな切り口から、癌および血管疾患(心疾患・脳血管疾患)疾患の病態解明とその制御を試みる先進的研究を推進したい

 

生物時計によって刻まれる概日リズム(circadian rhythm)の特徴は、(a) 時計振動体遺伝子ネガティブ・フィードバックによる転写抑制、(b) 自律的な細胞レベルでの時計振動、(c) 多くの振動体からなる階層的時計機構、の3点であるとされる。つまり生物時計の発振原理は、フィードバック・ループを介した時計遺伝子の転写制御であり、ポジティブ因子(CLOCK, BMAL)とネガティブ因子(PER, CRY)との相互作用における転写制御システムが重要である【下図1】。この遺伝子発現のフィードバック・ループは、細胞レベルで自律的に行われるとともに、視交叉上核を時計中枢とした生体の統合機能により個体レベルでの生物時計の機能が発現される。最近、このような時計遺伝子の転写制御システムが詳細に解明されつつあると同時に、各種疾患における時計遺伝子発現の重要性が示されはじめている。2003年、明暗条件下で飼育されたマウスの移植腫瘍で、従来から知られている時計遺伝子Per, Cry, Clock, Bmalに加えて、血管新生にかかわるvascular endothelial growth factor (VEGF) 遺伝子が概日リズム発現することが証明された (2)。このことは、血管新生など個体にとって極めて重要な現象が、概日リズムの制御下で行われていることのみならず、腫瘍細胞でもそのリズム発現が維持されていることを意味している。ちなみに、時計遺伝子の機能や疾患との関連は、サイエンスZERO(NHK教育2006年6月)などのテレビでも取り上げられており、最もホットな科学的話題の1つである。

生物時計[概日リズム]の発振機構

【図1】 生物時計(概日リズム)の発振機構。ポジティブ因子(CLOCK, BMAL)によって、時計振動体遺伝子(ネガティブ因子、PER, CRY, DEC)の転写・翻訳が促進される。ネガティブ因子がポジティブ因子に結合して、転写の制御が行われる。視交叉上核を中枢として、このような24時間のネガティブ・フィードバック・ループが形成されることで、概日リズムが刻まれる。

DECが24時間を刻むネガティブフィードバック

【図2】 二量体のDEC蛋白がBMALと結合し、さらに (3) DEC1/DEC1 ないし (4) DEC1/DEC2 二量体が、E-boxに結合することで、DEC1遺伝子の転写抑制が行われる。